エッセイの会

 次のエッセイの会の為に、原稿を作成した。長くて退屈な文章だと、他の会員に酷評されてしまう。それゆえ、まず短いことが求められる。

 晩秋のある日のこと

スガ***

【すべては思うほど、うまくはいかないみたいだ。・・・夜空の向こうには明日が待っている。】(夜空のムコウ、歌:桑田桂佑、作詞:スガシカオ

 落ち葉が目立つ季節となった。その日は、特別な日だった。
 朝一番、まず、電気工事士の組合に電話を入れた。女性の声が出てきた。
 電気工事士の申請に行くこと。収入証紙の入手方法など。親切に回答してもらえた。
 組合の支部は、「松戸市矢ケ崎」という所にある。回答によると支部からすぐ近くに東松戸警察署があり、そこで県収入証紙が購入できるということだった。

 現在の私は千葉県の施設に派遣され、そこで設備の契約社員として勤務している。ボーナスと言ったものはなく、給料は手取りで20万円ほどだ。月に一度、県財務施設課から職員が訪問して、主に電気設備の点検をする。その補助をするのも仕事の一つだ。
 非常用発電を試運転する。高圧機器の入った金属製容器の扉を開ける。分電盤を案内する。また、施設内の電気関係の不具合の報告。
 その職員E氏から、申請によって第一種電気工事士の免状が受けられるので申請してみられたらどうか、と言われたのである。そこで書類をそろえて申請することにした。
 電気関係で私が保有している資格は三つほど、第三種電気主任技術者第二種電気工事士、認定電気工事従事者。このうち第三種電気主任技術者に関して言えば、私の受験した頃は合格率が一割未満で、合格の為には、それなりの準備が必要だったように記憶している。
 
 先ず、派遣会社から実務経験証明書面を送ってもらった。もう退職という扱いなので書類にサインしてもらえるか心配だったが、総務では快く承諾してくれた。派遣先は公共施設なので、契約は原則一年限り。入札競争に敗れれば他の会社に仕事を取られてしまう。しかし、現場はどうかというと、制服が変わるだけで、顔ぶれが変わることはない。派遣会社は、運良く落札しても、新規に「フリーター」を募集するより、旧従業員を継続して雇った方が得策なのである。だから、書類の発行を快しとしたのは、また落札できたら「お世話をしてあげる」ということなのだろう。
  実を言えば、私のように年齢を重ねてそのような資格を受けてもメリットはほとんどない。電気工事店を開業するにしても、資金がない。技術にも自信がない。高所恐怖症である。それでも、失業した場合、就職に有利かもしれないと思った。
 
 さて、話を戻すが、支部は、二十一世紀森の公園を横切った所にある。坂道になっており、自転車を漕ぐには一苦労な所。
幸い、その日は、穏やかで冷たい風が吹くということもなかった。快適に自転車をこぐことができた。空は、底抜けに青い。幾つか坂道があったが、力を込めて漕ぐことは健康にも良い、と言い聞かせ、歯を食いしばって進めた。
【すべてはうまくいっているように思えた】
 支部は、零細不動産屋といった具合の小さな事務所だった。応対に出たのは少し年季の入った女性担当者であった。書類を提出すると、その場で一枚をファックス送信して、それから電話でやりとりを始めた。その後、私に対してこういった。
「実務経験の書類の方には代表取締役のサインが必要である」と。
 見落としていたが、サインは支店長のものになっていた。
「どうもお手数かけました」
 そういって、早々と事務所を退出した。
 帰りの自転車。空もいつのまにか雲が沢山でていた。再び会社に送って、追加書類にサインをしてもらわなくてはいけない。途中、コンビニにて書類の幾つかをコピーした。
 家に戻り、直ちに必要な書面作成に入ろうとした。そこで、同封に必要なコピーをコンビニに忘れてしまたことに気づいた。【気分的にも暗雲がたちこめた】。個人情報が記載されている書面なのですぐ向かうことにした。階段を駆け足で下りていく。ところが、【またも不覚。】自転車の鍵を忘れたのである。再び、四階まで一気に駆け上り、靴の紐を解き、鍵を探した。あった。やっとコンビニに向かうことができた。
  コンビニに行くと、書面は、コピー機に挟まったままだった。ほっとした。

 戻ると、書面の書き方について再度支部に電話し、また、会社の総務にも新たな用件が生じたと伝えておいた。その上で事情をワープロで書き上げ、なんとか郵送できた。
 休日であるにもかかわらず、午前八時半から着手した申請手続きは午後二時にしてやっと終了した。別な日に同じように再申請しなくてはならない。

 ささいだが、失敗を繰り返し、気分的にも落ち込んでしまった。
しかし、心にはもう一人の自分がおり、流行歌の「夜空のムコウ」を滑らかに口すさんでいた。【すべてはうまくは、いかないみたいだ】と。
流行歌には興味もないのだが、この曲は聴いていてすんなりと受け入れることができ、心の隅にしっかりと住み着いてしまったのだ。

 うまく免状が発行されても、来年の三月が過ぎれば、契約も切れて、私は無職になってしまうかもしれない。というのも、その公共施設が閉鎖され、身売りに出されるとの新聞報道も出ているのだ。正社員(県職員)の雇用は確保されるだろうが、ふけばいともたやすく飛んでしまう「フリーター」身分の私は失職へ。
 世の中、がんばっても、この歌詞にあるように【すべては思うほど、うまくはいかないみたい】なのだ。
 次の就職が見つかるまでは、この歌詞は忘れないでいようと思う。