退社してみて

おとといは、「退社」式、ふだんは、まったく存在感のない私が、所長、幹部たちに少し注目され、帰り際、見送られた。さしずめ、長寿を全うして、天国に送られる心境であった。これは、一種の葬儀なのだ、しかし、実に快適な葬儀のような気もした。

 そして今日、本来なら、今頃、駅を降りて、建物に向かっているはずだった。さながら、地獄に向かう囚人の心境だった。どんな叱責が待ち受けているだろうと、不安なおももちでいたはずだ。
しかし、家にこうして、いる。仮に向かったとしても、オレのいるところに、替わりがいる。

 なんとなく、安部公房さんの「Sカルマの犯罪」を思う。出社したのに、別な人が居て、職場にも却って怪訝な表情をされる。だいたいこんな場面があったように思う。

 嫌いな職場ではあったが、全く自分が、必要とされなくなったのを実感してみると、思いはくもる。
 辞めなければあそこに、同じく、憂鬱な面もちでいたかもしれない。しかし、やはり、不愉快な目に遭うのはご免だ。
 もっとも、いつもではなく、一ヶ月に数回という程度ではあったが。自分は、それを耐えられなくなった。今は、次の仕事も待っていて、その資格の学習もしなくてはならない。過去は過去。しかし、退社せねばならなくなった、原因を考えて、もう少し長続きしたいと思っている。
 60歳まではまだ3年、この間は、苦役に服しなくては・・。