檸檬のころ

檸檬のころ

著者の豊島ミホさんは、まだ二十代の新進作家である。(出身高校の後輩にあたる。)
 沈黙が支配しているという教室の描写を読んで、ああ、私の高校時代と変わらなかったなあ、と苦笑しながら読んだ。
 豊島ミホさんの両親が学校の教員であるようだが、Y高校といえば、当地の進学校と位置づけされており、親の大半がどこか学校の先生だったり、医者だったり、公務員だったりで、それは、どこの地方にもある伝統校と変わりないだろう。
 Y高校に赴任したばっかりに質問ノイローゼにかかった教師が出たといううわさも聞いた。
 普段無口な私も高校時代は、物理・数学・英語と各先生に質問をしてお世話になったものだ。

 ところで、「檸檬のころ」は、映画化され、DVDにもなっており、これを見た。
 原作とは異なった部分もあるが、これまた独特な世界を展開している。
 どこなナイーブなミュージッシャン志願の男子生徒がいい。あとで、林直二郎(平川地一丁目)という若手歌手であることを知った。
 舞台で、かぼそい、神経質そうな切り出しで、「泣きたくて涙がでるよ・・」と歌い始めるのだが、なんだ、思い切りが悪いと思った。
 しかし、何度か繰り返しみて、全体像を把握した上で、この文化祭における舞台の場面を眺めると、この、先細りの、心許ない調子の場面がなかなか味わいもでてくるのである。

 強い指導力をもった教師が、おめえだの、しらねえだのと、三助・雲助たちに属する「専門用語」を操る、したい放題の生徒たちをとりまとめて行く、仰々しく、その過程を描いた「青春とはなんだ」(石原慎太郎)とは異なるものだ。

 ごく普通の学園における、よくありがちな事をひかえめに描いた学園ドラマだと言える。

 その意味では米国的(何事も、わかりやすく、扇動的に表現することを良しとする)ではなく、英国的、フランス的(注意深く見なくては鑑賞できない)な映画だとさえ言える。

 この映画がキネマ旬報にて100位以内にも食い込めなかったというのは、残念なことだ。