現在無職

現在無職である。
朝目がさめてそのままにしても誰にもとがめられないという身分。2ヶ月前まで建物の防災センター勤務、かつ電気主任だった。
設備と警備、総勢7人の内、3人ばかりが常駐。各種報告書類作成の他、清掃、警備の不在のとき、トイレ詰まり、部屋のカギあけ、エアコン不調、重い荷物運び等々あらゆる雑用にも奔走しなければならなかった。

ある日、本社から警備の幹部が来た。私は、責任者として、少しばかり時間をいただき、ひざをつきあわせるようにして、相談を申し出た。

警備のHを問題視していた。年齢が70才を超えている。仕事は知り尽くしていると言ってよい。悪い言い方をすれば手を抜くところとそうでないところが分かっているもののようである。その分、Hといっしょの日は、よけいに警備の雑用を押しつけられてしまうのだった。
どなりつけたい衝動にかられることも少なくなかった。

Hは、誰からも煙たがられていた。とくに新人に対してきついものの言い方をする。話しかけるにも無骨な表情に構えてしまう。協調性に欠ける。このままでは職場にお荷物な人だと言うことを伝えようとした。

Hは自分のことは棚にあげて、他人に厳しい注文をつけることはお手の物だった。ポットのお湯を使ったらその分、すぐその分埋めなさい。立哨(りっしょう)の交代には少しでも遅れてきてはいけない。などなど、すきあらば、大事(おおごと)ようにわめきたてた言い方をする。

新しくなった親会社は定期的に「現任教育」をやる。この教育にもっと協調性も強化して欲しいことを伝えた。表向きには、年齢の事もあるので、引き取ってもらいたい、あるいは、一人勤務のところに移してそこでやってもらえたらというのだが、本心は、この職場からはずして、もっと愛想のいい人を迎え入れたいということだった。

「あの男は、すぐカッとするようなものの言い方をしてくるので、どうでしょうかね」と言うと
「あ、そうかもしれないね。さきほど、建物の掲示のことで尋ねたけれど、その説明聞いて何を言っているかさっぱり分からなかった。元々、人にきちんと説明できない性格かもしれないね。こちらでも一応教育しますから。それで何か起こしたらそのときは考えます」と幹部は淡々とした口調で述べたのだった。
(うちわでのもめごとは受忍しなさい。でもお客から仕事ぶりについてクレームがあれば、アクションはとるよ、という感じ。人にきちんとものごとを説明もできないような奴が短気を起こして問題をおこしやすいものだ、という考え方を「警備」の幹部はもっているのだということが理解できた。いや、一般的な人々だってそのように抱いているののかもしれない。

その後どうなったか。相変わらず、H氏はプロレスの悪役レスラーのごとく、振る舞っていた。
たとえ大切なことでも、彼と口をきくのさえためらい、ノートに記して伝達するという風なのであった。彼のいないところで同僚たちは苦笑まじりにかげぐちをたたくことが挨拶替わりにもなっていた。

不平不満を、他人に分かるように説明できないのはむしろ自分の方かもしれないのであった。
あいかわらず、いろんな仕事をかかえて、一人で多忙を極めた。

幹部に、一部の者が仕事を抱えることなく、もっと分担してやっていけるようにできないのか、と訴えることもなく、かといって怒り狂うこともできず、
ある日、夜逃げするように退職してしまったのだった。

どんなにハンサムな男性でも無口な者は警戒される。
何を考えているかわからないと言われるものだ。
でもうまくしゃべれないから無口になってしまうこともある。
うまくしゃべれない、説明できないから、人に怒ってしまうしかできないのだとしたら、本当にそれはさびしいことである。

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